2017年01月24日

ウォルター・リップマン『世論』に書かれていること

きわめて洗練されたやり方で同意をとりつけることについて大改善の余地があることは誰も否定しないと思う。世論が起こる過程は本書に述べてきたように錯綜していることはたしかであるが、しかしその過程を理解している者なら誰にでもそれを操作する機会が開かれていることも充分あきらかである。
合意をつくってしまうことはなんら新しい技術ではない。それは古くからある技術ではあるが、民主主義の出現とともに死滅したと思われた。しかしそれは死滅してはいない。それだけでなく、いまでは経験よりも分析に基づいてなされているので、実際には技術的に大幅に改善すらされている。そして、民主主義の実践は心理学的研究の結果、現代のコミュニヶーション手段とあいまって、新たな局面を迎えている。いかなる経済的権力の変動よりも、無限に大きな意味を含んだ革命が起きようとしている。
公共の諸問題を現在支配している世代が生きているうちに説得という手段は自覚された技術となり、民主政治の正規の機関となった。その結果どうなるのかをわれわは誰も理解し出したわけではないが、どのようにして合意をつくり出すかを知むことがあらゆる政治主の予測を変え、すべての政治的な前提を修正すると言っても、それほどむこうみずな予言ではないだろう。かならずしも宣伝という言葉のもっている不吉な意味だけで言うのではないが、宣伝というものの影響を受けて、われわれの思考の中で昔は定数であったものが変数となった。たとえば、人間の問題を処理するために必要な知識は人間の心から自発的に生じるというような、民主主義の原初にあった教義を信じることは、もはや不可能である。この理論によって行動する場合、われわれは自己欺瞞と、立証する術のないさまざまなかたちの説得にさらされることになる。手の届かない世界と関わりをもとうとするとき、われわれは直観や良心や偶然の思いつきによる意見に依存することはできない。そのことはすでに、はっきりと示されたところである。
ウォルター・リップマン『世論』(岩波文庫)下巻82−83頁 掛川トミ子訳


posted by mediapatroler at 12:43| Comment(0) | TrackBack(0) | プロパガンダ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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